スロ-フ-ド

ゆったり・のんびり。

快適主義 SLOW LIFE Vol.2 に掲載されました。

スロ-ライフ SLOW LIFE Vol.2

ニッポンのスロ-フ-ド    

文=眞木 健 Text:Ken Maki       
                               
写真=望月 久 photos:Hisashi mochizuki
雑誌SLOW LIFEに掲載

炭火焼きのくさやスロ-フ-ドは、体にとってはもちろん、心から「うまい」と思える食べ物であってほしい。こう考えた時、われわれが生活するこの国には、「ニッポンのスロ-フ-ド」と呼ぶにふさわしい食べ物がたくさんあることに気づく。ここではそんな食べ物を紹介していくことにしよう。「くさや」を伊豆大島からお届けする。
生活の知恵から偶然に生まれたくさやの“におい”


 くさやを語る時、欠かせないのがこの“におい”の存在だ。くさやが放つ独特で強烈な“におい”は、くさや好きにはたまらない「匂い」になるが、その「臭い」にあてられ、食べるどころか見るのも嫌だという人も少なくない。好悪いずれにしても、くさやのイメ-ジは“におい”につきるし、自身もそれによって存在をアビ-ルしている。

 くさやとは一説によれば室町時代からにたようなものが伊豆諸島で作られてきた食べ物で、ムロアジやトビウオを原料とする魚の干物である。江戸時代中期にはすでに現在のくさやと同じものが作られていたようだが、それでも漁師が自家消費用に作っていたにすぎない。

くさやづくりの専業者が現れ、商品として流通するようになったのは明治期に入ってからだという。それでもこの食べものには100年以上の歴史があるのだ。

くさや 製造者 波浮港

くさやは一種のたべものだが、私たちがよく食べるのは塩干物と呼ばれ、桶にためた濃い塩水に浸けた魚を干して作る。これに対しくさやは、塩水の代わりにくさや汁というものに浸けるのである。このくさや汁は、もともとは塩水だった。しかし、昔の伊豆諸島では塩が非常に高価で、さらには島という環境では水もムダにできなかった。そこで塩と水という貴重品を節約するために、一度使った桶の中の塩水を捨てずに、少しずつ塩を足し、そこに魚を浸けて干物を作っていた。
 この繰り返しによって桶の中には少しずつ魚肉と塩がたまり、それが混じり合って発酵して、くさや汁ができあがったのだ。
くさや好きにも誤解があるようだが、あの“におい”は魚の内蔵を腐らせて漬け込んだためではなく、くさや汁の中に生息している通称“くさや菌”という発酵菌が醸し出しているのである。こうしてみると、くさやは離島という厳しい環境で生活する上の知恵によって、偶然にも創り出されたものといえるだろう。

守り通したくさや汁には旬の魚介類のみを浸ける

 くさや作りの命はもちろん、くさや汁だ。今回取材に訪れた伊豆大島の「やまよ商店」の主人、
鈴木幸一さんも、先祖伝来のくさや汁を家宝のように大切に使い続けているという。その鈴木幸一さんが、くさや汁の大切さをこう語ってくれた。「うちでも、もちろんジイさんが作ったくさや汁をつかっています。家によって独特の味があって、昔は舐めただけでどこの家のくさや汁かわかったもんです。でもその時々の日本人の好みを反映して、くさやの味は変わってきてますね。家のくさや汁も20年前はもっと臭くて塩辛かったですが、“におい”も塩分もだんだんマイルドになってきました。
それでも奥底にある家に伝わった味というのは変わらない。
 だから、1986年の三原山噴火で島を空けたときはどうなることかと思いました。『くさや汁を守れ』ってことで一度島に帰り、つけ込み作業中だったくさや汁を保存してきたほどですから。1カ月の避難生活を終えて戻ったときは、無事なのを見てホッとしたものです。今、三宅島の人が2年近くも避難したままですが、もう三宅のくさや汁は全滅でしょうね。同じくさやに関わる者として本当にやるせないです。」
サメを三枚におろす
つけ込み
サメを三枚におろす
薄切りにしたさめの身を浸ける
トビウオも季節を問わず獲れるが、春には大形の春トビ、夏や秋には小トビ、中トビと呼んで区別している。さらにサンマは冬、タカベやサメは夏と、干物とはいえ旬の味覚が楽しめる。
それも島内では、高級品の青ムロが300円前後で手にはいるのだ。
 ところで、「食わず嫌いは食べなきゃ治らない」と幸一さんが言うように、くさやに克服法はない。
ダメな人は、食べる前に断念してしまうようだ。だが、一度でも口にすれば、その印象は180度ちがったものになるだろう。においが強烈なだけに、それは驚きともいえる。“はまる”のである。
 作られて間もないくさやはとても柔らか。それを遠火でジワジワと焼き、熱いうちにほぐす。くさや好きはここら辺でもうガマンできなくなり、ついついつまんでしまう。すると軽い塩味と酸味とともに、熟成された魚のうま味が染み出してくるのだ。<br>
酒の肴によし、茶漬けにもよしと、食べるうちに皿の上のくさやが少なくなると、妙に寂しい気持ちになってくる。「寂しけりゃ、ゆっくり食えばいい。」幸一さんに教わった、くさやの極意である。

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