くさや汁の成分と微生物

くさやの伝統的技法に含まれる科学的意味を考察する。
「塩から、くさや、かつお節」水産発行食品の製法と旨み
東京水産大学教授 藤井建夫薯より抜粋


水産発酵食品

くさやというのは主に伊豆諸島でアオムロやムロアジ、トビウオなどから作られる干物の一種で、 開いた魚を独特の塩汁(くさや汁)に漬けたのち乾燥したもので特異な風味と保存性が良いことが特徴である。
ここで用いられるくさや汁は元々は単なる食塩水であったが、塩を節約するため何代にもわたって同じ汁に繰り 返し魚を漬けている内に、魚体の成分が蓄積し、それに微生物が作用して独特のものになったもので、くさやが 発酵食品と呼べるのはこの汁のせいである。
くさややふなずしについて調べていて不思議に思うことは、それが微生物の存在も知られていなかった頃から連綿と 引き継がれてきた技法によっているにもかかわらず、製法上のいろいろな言い伝えや工夫が科学的にうまく説明できることである。

例えば、くさや加工場での言い伝えの一つに、くさや汁を連続して使うと、良質のくさやができないというのがあるが、 これは連続して用いると汁の中で拘禁物質を作っている有用な細菌の比率が減少するためであると説明できる。 この有用菌はくさや汁をしばらく休ませると回復するため、加工場では液を二つに分けて一日交替で魚の浸透に 用いるようにしている。 また、くさや汁は数ヶ月間使わずにおくと死んでしまうといわれているが、これは長期間の放置中に他の微生物が増殖して、 通常は中性である汁のpHも8.5付近まで上昇してしまい、有用菌に不適当となるためであろう。さらに、 汁をしばらく使わないときには、時々魚の切り身を入れるようにしているが、これは微生物に栄養を与えているのであろう。

このほか、汁の保管についても、地下に貯蔵し、時々攪拌するなど、温度や通気などに工夫がされているが、 これらはいずれもくさや汁の中の微生物に対する配慮にほかならない。 こうしてみてくると、これらの発酵食品の製造技術は巧みな微生物管理技術であるということがいえよう。 このような技法を確立するまでには、何代にもわたっておいしいくさやを作ろうという素朴な情熱の積み重ねがあったのであろう。
あるくさや加工場のご主人に伺ったところ、行程の中でも汁の管理と魚の取り扱いは特に重要で、人任せにはできず、 喩えて言うと赤子に産湯を使わせる時のような気持ちであるといっておられた。私はそのような情熱が結局はそこに働く 微生物に対するもののように思えてくる。微生物の方もひたすらそれに応えるべく頑張っているのであろう。 目に入れても痛くないほどかわいいという喩えは目にも見えない位小さな微生物のそんな姿をいうのではなかろうか。

水産発酵食品を製造法や微生物の関与の仕方などから整理すると次の3つに大別できる。


塩蔵型発酵食品:魚介類を塩漬け又は(塩水付け)にして造られる発酵食品には、塩から、しょっつる、 くさやなどが該当する。このうちくさやは製品そのものでなく、浸漬に用いられる塩水(くさや汁) が発酵産物である点が特異である。表1.1に塩蔵型発酵食品の代表的なものとして、くさやしる、 塩からおよびしょっつるについて、その特徴を比較してみた。なお、ここにあげた塩からは伝統的製法によるものである。
食塩濃度はしょっつるが最も多くほぼ飽和に近く、くさや汁は3~10パ-セントと低く、塩からはその中間である。 又、くさや汁中では魚肉の自己消化酵素よりも微生物使用が大きく、塩からとしょっつるでは自己消化酵素の寄与が大きい。 くさや汁は100年以上同じ汁が繰り返しくさやの製造に用いられている。しょっつるの製造はふつう1年以上を要する。

A漬物型発酵食品:魚介類を多くは塩蔵したあと、米飯や糠などに漬け込み、その自然発酵によって生じた乳酸などに よって酸味をつけると同時に保存性を付与したもので、ふなずし、さば馴れずしや魚の糠漬けなどが該当する。
表1.2参照)原材魚の塩漬けおよび米飯(または糠)漬け期間の違いが製品を大きく特徴づけていると考えられる。 塩漬け期間、米飯漬け期間ともふなずしが最も長く、熟成の程度も最も大きい。この期間を短くしたのがさば馴れずしと 考えられる。いずしでは熟成を促進するため麹が用いられる。

Bその他の発酵食品:上記のいずれにも属さない水産発酵食品にかつお節がある。かつお節は一般に発酵食品とは 考えにくいが、微生物利用食品という意味でここに分類した。 以上のように、一口に水産発酵食品といっても多種多様の形態のものが存在し、そこにはいろいろな作用を有する未知の微生物が、 いろいろな関与の仕方で働いていることが推察される。
しかし、水産食品では他の発酵食品の場合とちがって、 原材料が特殊なことや、生地が地域的に限定されていたり、小規模生産の品目が多いことなどのために広く知られているものは 少なく、特定の品目を除いては、製品の実体や製造技法についての調査研究もあまり行われていないのが実状であり、 発酵食品という言葉自体もまだ十分馴染んでいないようである。



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